
ジョット・ディ・ボンドーネ(1266年頃~1337年)
フィレンツェを代表する画家・建築家。
<荘厳の聖母>(マエスタとも呼ばれます。)
1305-10年頃テンペラ、板 325×204cm
ウフィツィ美術館所蔵(第2室)
ウフィツィ美術館の第一展示室の入り口をくぐると
すぐ真正面に見える巨大な祭壇画です。ジョットの板絵の代表作であり、
オニサンティ聖堂の祭壇画として描かれたものです。
巨大であり、頂部は屋根の形になっています。
荘厳の聖母の描写は、微笑、着衣のふくらみなどに、
14世紀初頭、ゆっくりと浸透した、ルネサンス美術のはじまりを感じさせます。ルネサンスの美術ですが、それは突然開花したわけではありません。
ルネサンス以前のゴシック美術のなかでゆっくりと、確実に変化し、成長していったのです。
その変化の内容とはどのようなものかというと、
13世紀の現実世界への関心が美術にも反映されると、
13世紀以前の抽象的、象徴的表現より、
もっと自然な表現が好まれるようになり、
イタリア絵画が革新された、といえます。
ジョットはトスカーナの出身で、
活動は中部イタリアのアッシジで始まり、ローマから来た画家たちとの出会いから
ビザンティン美術には見られない、
造形的表現を身につけていきました。
<荘厳の聖母>は
玉座の奥行きに遠近法的な空間認識が見られ、地面にかかる肉体の重みを感じさせる人物描写などは、
ルネサンス美術以前のビザンティン・ロマネスク的な絵画とは
まったく異なる表現の新しさが評価されました。
フィレンツェ美術の重要な特徴のひとつとして、
リアリズムがあげられます。そのリアリズムは、なによりも人物の眼、まなざしに現れてきます。
ジョットの聖母の眼に注目すると、
男性的といってもいいほどの視線の強さが特徴的です。
マエスタの意味的で、
現実と向き合い、現実を見尽くそうとするかのような視線。
この特徴は後の、モナリザにみられる視線も本質的には同質のものです。
12-15世紀にかけて、フィレンツェは経済的な繁栄の中にありあました。
この繁栄の中で、ジョットは典型的なフィレンツェ人であったようで、すぐれた話術と経済センスで一財産を築いた
最初の芸術家といわれています。
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